雲ひとつ無い晴れた空の下を、風を切って走っていく、
自転車の後ろに乗って、エアは眩しい太陽に目を細めました。
ここは、どこまでも続く、広い草原。
緑と青だけが、エアと郵便屋さんを包み込みます。
向かう場所は、隣の町。
大切に預かった手紙を持って、自転車は、スピードを上げていくのでした。
その日の夕方。
エアと郵便屋さんは、海に沈んでいく夕陽を眺めていました。
今は、もう、夜空の星になってしまった、大切な人。
その人に、最後の手紙を届けられなくて。
それが悔しくて、郵便の仕事をしているんだ。
郵便屋さんは、静かにエアに語りかけました。
その優しさ。
そして、強い思いに、エアは静かにうなずくのでした。
次の日の朝。
海の近くの宿で、目を覚ましたエアは、浜辺の散歩へと向かいました。
誰もいない、真っ白な浜辺。
足跡が、ずっと、エアの後ろに続いています。
丘の上から、声が聞こえました。
郵便屋さんの声です。
エアは、元気に返事を返すと、自転車の後ろに乗り込みます。
たくさんの思いを乗せて、ペダルは軽快にまわり始めます。
しばらく行くと、地平線の上に、町が見えてきました。
もうすぐ、自転車の旅も終わりです。
エアが、少し残念そうな顔をしていると、
自転車は、ゆっくりとスピードを落としました。
道の先に、大きな木が倒れているのが見えました。
土砂崩れでもあったのでしょうか。
この道を行かなければ、あの町へはたどりつく事ができません。
郵便屋さんは、少し考えましたが、
急いで自転車の向きを変えると、草むらの中を進み始めました。
地面は砂利だらけ。
自転車が、ガタガタ揺れます。
それだけでは、ありません。
自転車は、キレイな花を潰し、枝を折り、
池の魚を驚かせ、森の鳥たちの眠りを妨げました。
エアは、何度も自転車を止めるように叫びました。
しかし、郵便屋さんは、聞く耳を持ちません。
急いで、この手紙を届けないと。
それが、自分に与えられた使命なのだから。
郵便屋さんは、一気に森を駆け抜けていきました。
そのときです。
自転車のスピードが緩んだところで、エアは、地面に飛び降りました。
郵便屋さんは驚いて、自転車を止めました。
振り返ると、そこには涙を流しているエアの姿がありました。
その手には、一枚の手紙が。
あの町へと届ける、大切な手紙です。
エアは、黙ったまま、郵便屋さんに、その手紙を差し出しました。
キレイな押し花が、1本、手紙に貼り付けられていました。
それを見て、郵便屋さんは、気がつきました。
エアが、何を言いたかったのか。
そして、手紙を届けることの、本当の意味に。
「大切なのは、相手に届く気持ちだよ」
郵便屋さんの寂しそうな声が、静かな森に小さく響きました。
エアは、静かに微笑むと、自転車の後ろにまたがります。
ゆっくりと、ペダルをこぐ音が聞こえました。
大切な思いを乗せて、自転車は町へと向かっていくのでした。
薄い青色をした小さな鳥たちが、
雲ひとつ無い空に溶けていくのを、
エアは太陽に目を細めながら見つめていました。
ここは、小さな町の側にある、小さな森。
青い鳥たちは、この森で生まれ、
そして、世界に向けて飛び出していくのです。
この鳥たちが、どこへ行くのか。
それは、分からないけれど、
どこへ行っても立派に生きていけるように育てるのだ。
おじいさんはそう言って、嬉しそうに額の汗を拭うのでした。
その日の夜のこと。
夕食の食器を片付け終えたエアは、
おじいさんに勧められたコーヒーを片手に、
のんびりとイスに腰掛けました。
ゆったりとした時間が流れます。
ふと、顔をあげると、そこにはキレイに彫られた彫刻が見えました。
おじいさんが彫った、青い鳥の彫刻です。
その隣には、数え切れないほどの青い鳥と一緒になった、
おじいさんの写真がありました。
昔は、こんなに鳥がいたんだ。
おじいさんは、手に持った新聞を机に置くと、寂しそうにつぶやきました。
一度、森を離れた鳥は、滅多に帰ってくることはありません。
遠くの島には、
たくさんの鳥がいて、
たくさんのおいしい餌があって、
たくさんの楽しいことがあって。
こんな何も無い森に帰ってくる鳥は、本当に少ないんだ。
おじいさんの笑顔も、
とても弱々しく感じられました。
コーヒーを机に置いたエアが、
優しくおじいさんの肩に手を置くのでした。
次の日のこと。
おじいさんは、遠くの町まで、
鳥たちの餌を買いに出かけました。
帰りは、夕方になってしまいます。
それを見送った、エア。
ニコッと笑うと、すぐに小屋の中へと戻っていきました。
森中に響く、コーン、コーンという音。
昼過ぎまで続いた音は、やがて、エアの笑い声に変わりました。
エアの頭の中には、おじいさんの喜ぶ顔が映っているのでした。
夕方になりました。
遠くの町から戻った、おじいさん。
森の方から声が聞こえてくる事に気がつくと、
買ってきた餌を玄関に置いて、すぐに森へと向かいます。
木々の間を抜けて、声のする場所にたどりつきました。
そのときです。
おじいさんの目には、たくさんの町の人たちが、
一生懸命に仕事をしている姿が映りました。
雑草を刈っている人。
花の種を植えている人。
木箱を木の上に取り付けている人。
エアが、おじいさんを見つけて、駆け寄ってきます。
手には、青い鳥の写真と、不恰好な彫刻がありました。
森に響いていた音の正体。
それは、エアが彫刻を作る音だったのです。
完成した彫刻と、青い鳥がたくさん写った写真を持って、
エアは町中をまわりました。
この町の鳥たちが、また、戻ってきますように。
この写真のように、たくさんの青い鳥が息づく森になりますように。
その願いを、町中の人たちに届けたのです。
町中の人たちは、すぐに、エアに協力してくれました。
この町が大好きな人たちばかりです。
本当は、おじいさんに協力してあげたかったのですが、
そのキッカケがつかめずにいただけなのでした。
おじいさんの目から、ボロボロと涙が溢れました。
こんなにも、この森を愛してくれる人たちがいるんだ。
エアは、静かに微笑みました。
「この町は、きっと蘇る」
オレンジ色の空が、森を優しく包み込みました。
赤く染まった青い鳥が、遠くの空に見えてくるのでした。
一本の木を、じっと眺めているおじいさんの隣で、エアは、ぼろぼろと涙を流しました。
ここは、静かな田舎町。
風と緑と、葉の揺れる音だけが、優しく体を包み込んでいきます。
おじいさんは、エアにハンカチを差し出しました。
これは、おじいさんと、目の前にある、桜の木のお話です。
むかしむかし。
おじいさんが、まだ、男の子だった頃のこと。
貧しい家に生まれた、男の子は、毎日働いてばかりいました。
計算や読み書きを習ったことはないので、仕事といえば、辛い力仕事だけ。
それでも、病気がちな母親のため。
そして、いつか立派な大人になるために、一生懸命に汗を流すのでした。
そんなある日のこと。
いつものように、男の子が畑の仕事に向かう途中のこと。
道端に、何かが倒れているのが見えました。
それは、雑巾のように汚れた、子犬の姿。
男の子は、すぐに子犬に、持っていたおむすびを与えました。
そして、近くの川まで運び、川の水を手ですくってあげます。
すると、みるみるうちに、子犬は元気を取り戻し、優しい目をして、男の子の顔をペロッと舐めるのでした。
それ以来、どこへ行くにも、子犬はついてきました。
男の子は、真っ白なその子犬に、タロと名前をつけました。
タロは、名前を呼ばれるたびに、嬉しそうにキャンキャン、吠えるのでした。
それから、月日は流れ、数年が経ちました。
男の子は、もう立派な青年になっていました。
そして、田舎の町を離れて、都会に働きに出ることになったのです。
タロとも、お別れです。
タロも、それを理解したのか、駅のホームで、もう、すっかり元気になった母親と一緒に、男の子を見送りました。
汽笛の音が聞こえます。
その音に、耐えられなくなったのでしょう。
タロは、精一杯の声で吠えました。
何度も、何度も、吠えました。
聞こえなくても。
もう、声は届かなくても。
必死になって、吠えました。
やがて、汽車が見えなくなったとき。
タロの目から涙が溢れるのでした。
男の子が、都会に来て、数ヶ月が経ちました。
いつものように、仕事場に向かう、男の子。
そこに、友達が息を切らせて駆けてきます。
手には、一枚の新聞がありました。
それを読んだ、男の子。
すぐに、駅に向かって走り出します。
新聞の見出しには、故郷の地震の記事が取り上げられているのでした。
線路は、途中で途切れていました。
男の子は、林を抜け、川を泳いで、故郷へ向かいます。
頭の中には、大切な母親。
そして、タロの姿が駆け巡ります。
やっとの思いで辿り着いた、故郷。
そこは、まるで別世界へと変わっていました。
町の面影もありません。
そこが、どこなのかも分かりません。
とにかく、母親とタロを探して、地獄のような町を走り回りました。
そして、ようやく、自分の暮らした家を見つけたのです。
そこには、ひざをつき、顔を伏せる母親の姿。
そして、その母親を助けるために、瓦礫の下で横たわる、タロの姿があったのでした。
その日の夜のこと。
男の子は、母親と二人で汽車の中にいました。
いつの間にか、眠っていた男の子。
不思議な夢を見ました。
そこには、小さい頃の自分と、子犬だった頃のタロが見えました。
ふっ、と小さい頃の自分が消えました。
そして、子犬だった頃のタロが、大人の姿へと変わります。
何かを、男の子に伝えると、タロは姿を消してしまいました。
気がつくと、車窓の外に、都会の駅が見えているのでした。
おじいさんは、エアにお茶を差し出しました。
一本の木を、じっと眺めているおじいさんの隣で、エアは、ぼろぼろと涙を流しました。
夢の中で、タロがおじいさんに言った言葉。
「桜が咲いたら、また会おう」
それは、都会へと出て行く男の子が、タロに向けた言葉でした。
暖かな風が吹きました。
真っ白な桜の花が、春の吹雪のように、舞い散っているのでした。
どこまでも続く草原の中にある、一本の鉄で出来た道を、線路と呼ぶことに、エアは初めて知りました。
ここは、鉄道の町。
今日は、遠くの町から、大きな機関車がやってくる日です。
機関車とは、一体、どんな乗り物なのだろう。
エアは、心をときめかせながら、線路の向こうを見つめているのでした。
次の日。
町中の人たちが、機関車の周りに集まっていました。
遠くの町の、珍しい食べ物や布。
見たことのない色の石や、たくさんの本。
そのどれもが、エアと町の人たちの心をつかんで離しません。
大きな汽笛の音が聞こえました。
機関車が、他の町へと向かうのです。
エアは、町の人たちに別れを告げると、機関車の客席に乗り込みました。
窓側に座って外を見やると、大きな風見鶏が見えました。
この風見鶏が安定していれば、機関車の旅も安全なものになるよ。
機関車の整備をしていた人の話を思い出します。
ふと、気がつくと、若い男が隣の席に座っていました。
手には、ギターケースを持っています。
エアは、にっこりと微笑みながら、男にあいさつをしました。
男は、軽く頭を下げて、あいさつを返します。
もの静かな男。
それでも、機関車が出発するころには、とても楽しい会話が飛び交うようになるのでした。
何かを切り裂くような音がして、エアは目を覚ましました。
どうやら、しゃべり疲れて眠ってしまったようです。
窓の外は、ものすごい風。
いつの間にか、夜になっています。
突然、運転車両の方から、誰かの声が聞こえてきました。
それは、隣にいたはずの男の声。
どうやら、風が強いので機関車を停めるように言っているようです。
エアも、その声に心配になり、運転車両に向かいます。
けれど、運転手は笑いながら、窓の外に備え付けてある風見鶏を指差しました。
風見鶏が安定している。
機関車が事故を起こすようなことは無いさ。
そう言って、取り合ってもくれません。
男は、首を振りながら、運転車両を出て行きました。
エアは、必死になって運転手に訴え続けます。
しばらくすると、客室の方から、何かが聞こえてきました。
それは、素敵なギターの音。
客室に、大きな拍手が起こりました。
エアは、はっと、何かに気付いて、客室へと戻っていきました。
ギターを弾いているのは、やはり、あの若い男でした。
次の曲が始まります。
客室にいた、乗客たちは、みんなギターを聞きに、最後尾の客室に集まってきました。
その時です。
突然、窓ガラスを揺らす音が大きくなったかと思うと、先頭車両の方から、ものすごい音が聞こえてきました。
そして、機関車は急ブレーキをかけたように、火花を散らして停まってしまいます。
突然のことに、エアたちは驚きましたが、幸い、誰もケガをしたものはいません。
エアが、転んでしまった女の子の頭をなでてあげていると、男が運転車両の方へと向かいます。
すると、どうでしょう。
そこには、横転した運転車両が見えるではありませんか。
運転車両だけではありません。
前から3つ目までの車両も横転していました。
男は、大きな声で運転手を探します。
エアや、他の乗客たちも、必死になって運転手を探しました。
ガラガラ、と何かが崩れる音が聞こえると、そこには荷物に埋もれた運転手の姿がありました。
幸い、運転手も無事でした。
そして、何より、乗客にケガ人がいなかったのです。
それは、あのギターのおかげ。
ギターの音に誘われて、みんな最後尾に移動したからでした。
運転手が申し訳なさそうに、男に謝っています。
遠くに、救助の人たちの光が見えました。
「ひとりが無くす命。ひとりが救う命」
雨が降ってきました。
エアの足元に、壊れた風見鶏が転がっているのでした。
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