夜中に妙な気配がして、ふと目が覚めた。
僕は今、仕事で東京に出張に来ていて、昨日は夜中まで接待で飲んだ。
明日は休みをもらっているので、東京で一泊をして朝方新幹線で帰ろうと思い、会社の金で安いホテルに泊まっている。
カーテンを少しだけ開けて寝るのがいつもの癖で、外からはネオンが差し込み、部屋をカラフルに照らしている。
どこからともなく、「ええなぁ~・・ ええなぁ~・・・」と言う声が聞える。
隣の部屋の会話が壁越しに聞えているのかな・・・と思い、壁の方を見ると、そこに死神がいた。
「うわ!!」でも「ひぇ~~!!」でもない。
こういうときに人は言葉が出なくなるんだということを初めて体感した。
でも、意外と頭の中は冷静だった。
死神は、ナイトメアビフォアーなんとかという映画のようなドクロの顔をしているが、あんなに長身ではなく4頭身くらいのずんぐりむっくりな身体をして立っていた。カマではなく、包丁でもなく、そいつはなぜか小さな子ども用の、プラスチックスコップを持っている。
「ほんま・・ええわぁ~・・・ むしろズルいわ・・」
死神がボヤボヤとつぶやいている。よく見るとくわえタバコなんかしていて、時々ポワ~っと、目の奥の空洞を照らしている。
「な・・・何がですか?」
「自分、ピンピン生きとるな。 ワシもこの前までな、そこで寝とってんで」
深く考えると非常に怖いことを言っているんだが、僕の頭の中では「あ、じゃぁおそろいですね」なんて間の抜けた言葉が頭をよぎる。
「自分、死神って怖いと思ぉてる?」
「えぇ・・・まぁ、映画で出てくるようなのは怖いと思います・・・」
「そうやろ? じゃぁなんでビックリせぇへんねん」
「いや・・・なんか、拍子抜けしちゃって・・・」
「なんでやねん。 ワシが6頭身だからか?」
「6? ・・・えぇ、意外と可愛いな・・・なんて」
「しもたぁ~・・・やっぱスコップはあかんねんな」
「なんでスコップなんですか? カマとか、そういう物騒なものの方が死神らしいんじゃないですか?」
「あんなもん振り回して手ぇ切ったらどないすんねん! 手は商売道具やで!」
「はぁ・・・すみません・・」
「自分、まだぴんぴんしとるな。 そろそろ死ねへんか?」
「明日名古屋に帰ります・・」
「うわぁ~・・・やってもぉたな。 これはホンマにやってもぉたな。 てゆうか、ワシ出損やんか」
「そもそも・・何をしにきたんですか?」
「殺しに来たに決まってるやん! でも自分ぴんぴんしとるやんか。 タケやんのやつ、ガセネタつかませよった」
「タケやん・・?」
「死神の情報屋や。 死にそうなやつの情報を色々もッてんねん。 そういう情報を1件2,625円で売りさばいとんねん」
「ぜ・・・税込みですか・・」
「当たり前やがな。 地獄の沙汰も血税でなりたっとんねん!」
「てゆうか、まだ死なないんですけれど、もしも僕を殺したらどうなるんですか?」
「自分、なんで死神がおるか知っとる?」
「いえ・・・漫画とかでしか知りません」
「あんなもん、作り話ばっかやがな。信じたらあかんで。
ええか、死神に殺されたヤツは死神になんねん」
「え? 死神って、ひとりじゃないんですか?」
「そうや、ほんでひとり人を殺したら死神卒業や。晴れて天国への切符をもらうわけや」
「へぇ~・・善人が勝手に天国に行くんだと思っていました」
「善人やからって誰でも彼でもホイホイ天国に行ったら渋滞してまうやろが。 リスクを伴わんと楽な道にいけるかい、アホやな」
「・・・誰がアホですか」
「ワシかて、人なんて殺したくないやんか。 ワシが死神に殺された時はビックリしたでぇ。
自分みたいにめぇ覚めんかったもんな。寝てる最中にばっさりや」
「・・・寝てたらビックリできないじゃないですか」
「やかましいわ! 気付いたら死んでてびっくりや!」
「・・・はい、すみません」
「ほんでいきなり、『さぁ、行きましょうか』なんて東京弁で言いくさって、閻魔様の前につれてかれたんや。
閻魔様に『どの道具にする?』て聞かれて、カマとか包丁とか色々あってんけど、いきなりで怖かったからスコップにしたら・・・・・こんなもんでひと殺せるかい!!」
死神は持っていたスコップを壁にコツンと投げた。
からから転がるスコップを、4頭身が取りに行く。
「でも・・・死神って『寿命が終わりかけの人』のところに行くんじゃないんですか?」
「自分、わかってへんな。
ピンピンしとるやつと、死にそうなやつ、自分が死神ならどっちに行く?」
「あ・・・・・死にそうな人です」
「せやろ? 死ぬ準備なんて誰もできへんやん。 でも、死にそうなヤツは、『ちょっと殺してもええかな』って言うと、『楽にしてください』って言ってくれんねん。 だから、死神はみんな死ぬ間際に出てくんねん」
「・・・・優しいんですね」
「誰がじゃ、アホ」
といったかと思うと、タバコをポワーっと光らせて、すぅ~っと死神は消えていった。
「あ・・・・・ 死神さん・・・・」
ちょっと不思議だったな・・・と思っていたら、誰もいないのにスリッパがペタペタと動く。
そして出口まで行ったかと思うと、カチャリと鍵をあける音がした。
「あの・・・・せっかく消えたなら、黙って出てってくれませんか?」
「うわ! ビックリした!
姿消したのに、自分見えるのん?」
「そりゃ・・気付きますって・・」
「エスパーやな。 ほな、チェックアウトしてくるな」
・・・チェックインしてたんだ・・。と突っ込もうかと思ったら、カチャリと扉が閉まった。
外から差し込むネオンの明かりが、カラフルに部屋を照らしていた。
「・・・さん」
「・・・橋さん」
「高橋さん!!」
私は自分の名前を呼ばれて「は・・はい!!」と、大きな声を出した。
「わ! ちょっと! 声が大きい!!」
と、同じサロンの山内先輩に押し殺した声で注意をされた。
「いくらお客様が居ないからって、リラクゼーションサロンなのよ? 大声を出したらサロン全体の気が散漫になっちゃうじゃない」
「す・・・すみません」
いつの間にか山内先輩は、先ほどのフルリフレを受けたお客様を見送って、控え室に入ってきていたらしい。
私はずっとここに居たのに気づかなかった。
「ちょっと・・大丈夫?
さっきからタオルを見つめてボーっとしてるよ?」
私は先ほど帰られたお客様のひざ掛けブランケットをたたむ途中で、考え事をしてしまっていたらしく、控え室でもあるバックヤードで立ち尽くしていた。
「何かさっきのお客様に言われた? 施術の力加減が弱いとか・・」
「いいえ・・そういうわけじゃ・・」
「そう・・ならいいけれど・・ うわ!!
ちょ・・・ちょっとどうしたの!? この腕のアザ!」
7分袖の制服から、真っ赤に晴れ上がった腕が少しだけ出てしまっていた。
「あの・・転んでしまって・・・」
私はひっかいた爪の後が先輩に見られないようにそっとおさえた。
「そう・・・あんまり辛いようだったら早退してもいいからね。
もしも残るのなら、気を引き締めてやって頂戴ね!」
「はい・・・すみませんでした。 気をつけます」
先輩は「寒い寒い・・」と言いながら、お湯で手を温め始めた。
1月の東京。 この日は珍しく雪が降って、朝のニュースでも一番の冷え込みになると言っていた。
リフレクソロジーサロンでは足を出すので、冬はお客様が激減する。
本来なら、寒い冬こそフットバスとあったかい施術で足裏を温めるほうがいいのだけど、感情的に「足を出す」ということを避けたくなるのだろう。
この日は全然お客様が来なくて、余計に考え事をしてしまう。
そして、考え事をしていないと、かきむしった腕がジンジンと痛む。
でも、今はこの痛みが私の心を支えてくれているような、そんな気がした。
(お前のことが・・・信じられない・・・・もう別れよう)
手を止めると、祐樹の言葉が耳元に響く。
なんで・・? あんなに好きって言ってくれたのに・・・。
もう一度沖縄に遊びに行こうって約束したのに・・・。
クリスマスプレゼントもあんなに喜んでくれたのに・・・。
考えたら死にたくなってしまう。
考えたくなくて、私は腕をかきむしろうとした。
その瞬間、
「高橋さん、お客様お願いします!」
山内先輩の言葉に、はっとわれに返って、慌てて腕を隠した。
「す・・すぐ行きます」
控え室のカーテンを開けてフロアに出ると、入り口のところでちょこんと年配の女性が座っていた。
「おばあちゃん」と呼ぶには若く、「上品な奥様」という感じのおばあちゃんだった。
受付に行くと、「田中さま N 20:プチ」という付箋を渡された。
そっと田中さまに近づき、声をかける。
「田中さま、本日は初めてのご来店ありがとうございます。
20分のプチリフレでよろしいでしょうか?」
という私の言葉に、田中さんはニコリと微笑んで、
「はい、よろしくお願いします」と、立ち上がった。
その立ち方が、とっても上品で、キレイだと思った。
席にご案内し、靴下を脱いでいただいて、フットバスにそっと足を入れていただく。
「お湯加減は大丈夫ですか?」
という問いかけに、やはり二コリと微笑んで、
「えぇ、大丈夫ですよ」
と答えた。
本当に感じのいいおばあちゃんだ・・・と、改めて思った。
ブランケットをかけながら、もう少しこのおばあちゃんと話をしてみたいと思った。
「今日は冷えますね。いらっしゃるの、大変じゃなかったですか?」
「そうねぇ、でも今日は自分へのご褒美なのよ」
田中さんは穏やかにこたえた。
「じゃぁ、特にがんばりますね」
と言うと、
「えぇ、お願いね」
と、ニコリと微笑んだ。
しばらく温まっていただいたところで足を丁寧に拭き、「力加減、合わなかったらおっしゃってくださいね」と声をかけ、足の施術を始めた。
田中さんの足裏は、すごくやわらかく、おばあちゃんにありがちな硬い角質がほとんどなかった。
「すごく柔らかい足をしていらっしゃいますね」
と声をかけると、意外な答えが返ってきた。
「ある人にね、死にたくなったら足の裏を見なさい!って言われたのよ」
思わず、「え?」と、聞き返しそうになった。でも平静を装って、「どうしてですか?」と聞いてみた。
「いつもいつも大地を踏みしめて、私を支えてくれているでしょ。
それなのに、私が先に死んじゃったら、これまで支えてくれた足に悪いじゃない」
「あ・・・・」と、思わず声が漏れた。
私はいつもいつも足裏に接しているのに、自分だけ先に死にたいと思ってしまっていた。
いつもいつもがんばってくれているのに、力任せに身体をかきむしってしまっていた。
それを見透かされた気がした。
「私ね、そんなことを考えながら、毎日 三沢川を歩いているのよ」
私は言葉が出なかった。
言葉を出すと、涙がこぼれそうだった。
振り絞って、「私も三沢川、好きですよ。いつも通勤で通ります」とようやく言った。
「あら、本当?
いいわよね。春には桜が咲くでしょ、夏は新緑が綺麗で、秋の紅葉もいいし・・・
今日は雪が降ってくれた」
(雪が降ってくれた)
その言葉で、私の頭の中は12月24日にフラッシュバックした。
(祐樹ィ、すごいね! クリスマスに雪が降るなんて!)
(すげぇだろ、オレが降らしたんだよ!)
(何いってんのよ! 私たちの為に雪が降ってくれたのよ!)
施術中の私の手は、止まっていた。
はっとして田中さんを見ると、窓から見える外の雪を見ながら、ちょっとだけ悲しそうな顔をしていて、こう呟いた。
「本当に・・・キレイだった・・・本当に・・・」
その時、この人も雪の振る日に大切な人を亡くしたんだと感じた。
そう思った瞬間、こらえていた涙が零れ落ちた。
私は慌てて横に置いてあった予備のタオルで、そっと涙を押さえた。
その後の施術中は、田中さんの顔を見れなかった。
でも、ずっと窓の外を眺めていてくれたんだろうと、なんとなくわかる。
なんとか施術を終えて、涙も拭いた後に、
「以上で、本日の施術は終わりました」
と声をかけると、窓の外からそっと視線を外して、ゆっくりと「ありがとう」とおっしゃった。
「あの・・・こちらこそ、本当にいいお話をありがとうございました」とお伝えすると、
「今日、あなたに会えて、よかったわ」
という言葉を残し、やはりニコリと微笑んで帰っていかれた。
田中さんが帰られた後も、私の心はほんわりとあったかかった。
控え室に入ると、山内先輩が待っていた。
「ちょっと、高橋さん、施術中に手が止まってたよ!?
ボーっとしてるなら早退して!?」
夢見心地は一気に冷水をかけられたように覚めてしまった。
「は・・はい、すみません」
でも、これが現実。
何か特別なことがあったからといって、現実は急には変わらない。
腕もまだジンジンと痛む。
でも、ちょっとだけ特別。
今の私は、この痛みに逃げるのではなく、この痛みを受け止めていこうと思えた。
私をずっとずっと、いつも支えてくれているものに、ちょっとだけ感謝しようと思えた。
「まぁ、さっきのお客様、お帰りの時にも受け付けであなたのことを誉めてたからいいけれど・・・」
山内先輩がポツリと言った。
「え? 本当ですか?」
「うん。 気持ちのこもった施術で、心があったかくなったって言って帰っていったよ?」
「そうだったんですか・・・・また会いたいなぁ」
「不思議なおばあちゃんだったね」
「えぇ、素敵でしたね」
あれから4年経ち、私は独立をして自分のサロンを持った。
今思えば、何でもないことだったのかもしれない。
でも、雪とおばあちゃんが、私の心に「人を癒す」ということを教えてくれたような気がする。
変わらない現実。
サロンに来たからといって、その日から急に人生がバラ色になるなんていうことは無い。
でも、いつも支えてくれている身体と足を大事にすることで、人生はちょっとだけ色を明るくできるような気がしている。
ニュースで雪が降ったという話を聞くと、あのおばあちゃんがフラッシュバックする。
私を支えてくれる、大切な大切な物語の一つだ。
オレの高校は、お世辞にも成績がいいとは言えなかった。
荒れ放題で、先生をボコることなんて、いつ起きてもおかしくなかった。
オレが3年生の夏、ついにそういった事件が起こった。
威張り散らしていた垣見っていう教頭を、隣のクラスの奴が「やった」。
先生たちはザワついてたけれど、俺たちは別にどうってことなかった。
そいつを退学にしたけりゃすりゃいいし、後先考えずに殴る奴がわりぃんだ。
その事件の後、2週間くらいは教頭は来なかった。 けっこう目の上をえぐられてたらしく、入院しちまったらしい。
何度かホームルームっていうのが開かれた。
「人を傷つけるのは、よくない」と言うような内容の話を延々とされた。
そんな話、誰も聞きやしない。どの先生もついにキレて、「お前たち! いい加減にしろ!!」とか言う。
まじうぜー。
・・と、その時は本気で思ってた。
でも、城山先生のホームルームだけは違ったんだ。
あれから12年経ったけれど、今でも心に残っている。
城山先生は、60歳前なのに髪が全て白髪の先生だった。
確か国語の先生だったけれど、担任でもないからその辺はあんまり覚えていなかった。
城山先生は「じっちゃん」というあだ名を付けられていた。
「じっちゃん」と呼ばれても、別に怒ることはなかったし、俺たちが授業中にどんなに騒いでいても、何も注意もしないし、何もしからず、淡々と授業を進めていた。
誰もじっちゃんの授業を聞かなかった。当時はやっていたゲームボーイを学校に持ち込んで、平気で音を出しながら対戦をしていた奴もいる。でもじっちゃんは何も言わなかった。
事件が起こった3日後くらいだったと思う。じっちゃんの国語の授業があった。
起立、礼も誰もしないまま、じっちゃんの授業が始まった。
じっちゃんはおもむろにチョークを取り、黒板に縦にでっかく「殺す」と書いた。
教室が一瞬ざわめき、
「じじぃ!! てめぇやってみろや!!」
という男子生徒の声がいたるところから湧き上がり、教室中が騒ぎ出した。
でも、じっちゃんはいつものように淡々と授業を進める。
次に、隣に縦に「生かす」と書いた。
男子生徒は、「あ?」とか言いながら、じっちゃんが何を言いたいのかわからず、「どういうこっちゃ」と、からかいだした。
じっちゃんは、その二つの文字から、横に矢印を書いて、
「殺される」
「生かされる」
と書いた。
「なになに『する』というのは、動詞ですね。
行動を表しています。殺人犯のように人を殺したり、お医者さんのように人を生かしたり」
と、淡々と言う。
俺はまったく意味がわからなかった。
じっちゃんが何を言いたいのかわからず、みんなに混じって「おい! わかんねぇだろうが! 日本語しゃべれや!」とかを怒鳴っていたと思う。
「けれど、『れる』や『られる』という助動詞がつくと、意味が変わります。
『受身』といって、他のだれかのせいで、または、誰かのおかげであることをあらわすようになります。
まだ生きたいのに人に殺されたり、もう駄目だと思ったのに生かされたり」
じっちゃんは笑顔とも悲しみともつかない顔で淡々と話している。
クラスの連中はまだ騒いでいたけれど、俺は何も言えなくなった。
その時は「うぜぇ」とか言ってごまかしていたけれど、今ならわかる。あれは、「怖かった」んだ。
初めて、じっちゃんを怖いと思った。
「なぜでしょうね。人は、殺されることには過敏に反応をするのに、生かされることは当たり前だと思ってしまう。
これは残念ですね。両方とも、同じくらい重要なことです」
と言いながら、隣に「生きる」と書いた。
その隣に、「死ぬ」と書いた。
「『殺す』と言う言葉の反対は、『生かす』です。
一方、『死ぬ』という言葉の反対は、『生きる』です。
不思議ですね、『生きる』の反対は『殺す』ではないんですね。
なぜだと思いますか?」
と、じっちゃんは、はじめて俺たちのほうを真顔で見た。
誰も、何も言えなかった。
「それはね・・・」
と言いながら、じっちゃんはチョークを手に取る。
じっちゃんの動きはスローで、早く答えを聞きたい俺たちにはドキドキする時間だった。
なぜだろう、あの時、すごくドキドキした。
俺たちが知らない世界を、じっちゃんは知っているのがわかった。
そして、それを俺たちにそっと見せようとしているのを感じ取っていた。
「この文字には、『望み』が書かれているんです。これは、先生もおじいちゃんから聴いた話ですから、辞書などに載っている事実とは違うかもしれません」
と、前置きをした。
「死ぬならば、一人で死にたい。
生きるなら、みんなで生きたい」
「そういう気持ちが、この言葉に隠れています」
といいながら、「死」と言う文字を分解して「一」「タ」「ヒ」に分けた。
「死は、『ヒトリタビ』です。 この漢字の中には、一人きりで死ぬことが隠されています。
『死ぬのは自分ひとりでいい、大切な家族だけは生かしてあげて欲しい』と、神様に祈っていたんでしょうね。
その反対は、多くの仲間や大切な人と生きることです。
「一人で死ぬ」の反対として「みんなと生きる」という望みが、この文字の意味にあるんです」
俺は口をあけたまま、呼吸を忘れていた。
「みんなが、どうやって生きるかを考えるための、国語の授業です。
さぁ、授業を始めましょう」
と言って、いつものように授業が再開した。
今でも、その時の様子を鮮明に覚えている。
その後は誰一人、じっちゃんをからかうことをしなかった。
別に、いい奴になったわけじゃない。 他の先生に対しては、かわらずにヤジを飛ばした。
なんていうか、じっちゃんだけは、みんなが好きになったんだと思う。
強い奴に憧れるように、深い知識に憧れたんだと、今は思う。
俺は今、30歳になってようやく子どもを授かった。
あの時城山先生が言った『大切な家族だけは生かして欲しい』という言葉を、最近かみ締めている。
子どもが生まれたら、城山先生に挨拶をしに行こうと、妻と決めている。
そして先生に、「先生が言っていたことは間違いだ」と言おうと思う。
先生が眠った後も、こうして俺たちは先生を思っている。
先生が旅立ったのは、ヒトリタビではなかったと、伝えに行こう。
「ねぇ・・・聴いてる?」
私の問いかけに、アツシは電話の向こうでぶっきらぼうに答えた。
「うん・・・聞いてる」
電話の向こうでパソコンのキーボードの音がする。
アツシは仕事でパソコンを使っているけれど、きっとハンズフリーにしてパソコンのほうに集中している。
「・・・じゃぁ、もう切るね」
「・・ん」
最近、いつもアツシはパソコンばかりだ。
仕事が忙しいのもわかるし、フリーランスで動いているから自分が動いた分だけ給料が出るのもわかるんだけれど、やっぱり寂しい。
寂しいというか、なんか虚しい。
私が「好き」を確認しようと思っても、アツシはパソコンを向いているから、気持ちが重なり合わない。
最近は特に忙しいらしく、私から電話をしないとずっと連絡がなかった。
「はぁ・・・普通の女の子みたいに恋愛したいなぁ・・・」
フリーランスの仕事をしている人を恋人に選んだのは、確かに私だ。
なんか「自由人」っていう感じがしてカッコよかったし、大金持ちになる可能性もある。
でも、こんなに仕事ばっかりやるなんて聞いてない。
3年付き合ったけれど、ここ半年は本当に仕事ばかりだった。
もうすぐバレンタインデーなのに、アツシからは何も言ってこないし、ずっと連絡がなかった。
そこで思い切って「バレンタインデーどうする?」って、電話で聞いてみた。
「・・・ん。 どうしよっか・・・」 カチャカチャカチャ・・・
「私、チョコの交換とかじゃなくって、おいしいものを一緒に食べに行きたいな。チョコの代わりに」
「・・ん・・・それもいいね・・・」 カチャカチャカチャカチャ・・・
「アツシはどこか行きたいとことか無いの?」
「・・・ん・・・ユカは?」 ・・カチャカチャ・・・カチャ・・
「あたしはねぇ・・・イタリアン食べたいな」
「・・ん~、それもいいよね・・・」 カチャ・・
「ねぇ・・聴いてる?」
「うん・・・聞いてる」 ・・カチャカタ・・
はぁ・・・もっと私のことをかまってくれる恋人を探そうかな・・・。
これまで、アツシを支えてこなかったとは思わない。
仕事が忙しいことをずっと気遣ってきたと思っているし、時々だけれど「ありがとうね」と言ってくれる。
でも、このまま何も変わらなかったら、私はこのままおばあちゃんになっちゃうような気がした。
そこへ、着メロが鳴る。
この音は、アツシからだ。
「・・・・はい」 ちょっと暗めの声で出てみた。
「ユカ! ごめんな。 今、パソコンの仕事終わった」
「・・そう、お疲れ様。 じゃぁ、またね」
「ごめん。 最近ずっと話し聞かなくって」
「・・・なんだ、自覚はあったんだ」
「うん、ユカが怒ってるのも知ってる。
でも、このヤマだけは終わらせたかったんだ」
「・・ヤマ?」
「オレ、言わなかったけれど、半年前くらいにでかい仕事の依頼をもらってて、必死にそれをやってた。」
ちょうどアツシが仕事にのめりこみ始めた頃と重なる。
「・・・そっか。 うん、なんとなく気づいてた」
「オレな・・この仕事でもらったお金、全部ユカとの・・・・その・・・・」
「・・・? なに?」
「婚約指輪にあてたいんだ・・・」
「!!? え?」
「だからつい、必死になっててさ。 ようやく納品できたんだ!
バ・・・バレンタインデーだけど、
一緒にイタリアンのおしゃれなレストランにいかねぇか?
その・・・そん時わたすからさ・・・」
「・・・セーフだね・・」
「え?」
「もうちょっとで別れ話を切り出しちゃうとこだったよ・・・
アツシ、ギリでセーフ」
私はいつの間にか泣いていた。
「ユカ・・オレさ、お前がいなけりゃ頑張れなかった。この仕事成功させられなかった。
ずっと支えてくれて、ありがとうな」
私からそっぽをもいていると思っていたアツシが、実は仕事を通して私のことだけを考えてくれていたことが、嬉しくてたまらなかった。
こうやって直接的じゃなく、遅れて届く幸せも、ちょっともどかしいけれど素敵だなって思った。
地方の男子高校を卒業し、上京して東京の大学に通い始めると同時に一人暮らしを始め、4年が経つ。
でも、大学生活は不思議なことに、あと1年残っている。
今年の正月は実家に帰らずにツレ2人と飲み明かした。
紅白歌合戦をBGMに、ドンドンビールをあけて飲み進めていく。
いつの間にか『年の初めはさだまさし』が始まっている。
それでも構わず飲んで騒いだ。
こういうことをやっているから、留年なんかするんだよなと、だんだんと登ってくる初日の出を眺めながらツレと呟いた。
「・・・なぁ、外いかねぇ?」
「寒ぃじゃん」
「がまんしろって、泊めてやったんだからそれくらい付き合えよ」
ぶつぶつ言いながら3人で外に出ると、初日の出が神々しく光っていた。
酔い覚ましにコンビニで缶コーヒーとミネラルウォーターを買うことにした。
コンビニに向かう途中にある公園のベンチで、一休みをすることにした。
おもむろに一人が携帯を取り出し、写真を撮り出す。
それを合図に、みんなで写メ大会になった。
「お! この構図サイコー! メッチャきれいに撮れたって! 見てみ?」
「アングルがわりぃなぁ・・・太陽下向いてくれねぇかなぁ」
などとわけのわからないことを言いながら、公園ではしゃいでいると、
オレがメールの着信に使っている曲が流れ出す。
携帯を見ると、ちょっと手ブレしている太陽の写真が送られてきていた。
「んだよ! 送ってくんなよ!」
と言うと、二人とも
「送ってねぇよ!」
と言う。
おかしいなと思って送信者を見ると、お袋だった。
『あけましておめでとうございます。
元気していますか? 東京は寒いと思うからあったかくしてくださいね。
寝ていて初日の出を見れないかもしれないから、
母さんが変わりに見てあげました。
なれない操作で上手く撮れなかったけれど、初日の出を送ります』
と書いてあった。
オレは一瞬、今撮影した初日の出を送り返してやろうかと思ったけれど、やめておいた。
昼過ぎぐらいに、眠そうなメールを返そうと思いながら、また3人でコンビニに向かって歩き出した。
『5分で癒される物語』を気に入っていただけたら、『お気に入り』に登録いただき、
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