一本の木を、じっと眺めているおじいさんの隣で、エアは、ぼろぼろと涙を流しました。
ここは、静かな田舎町。
風と緑と、葉の揺れる音だけが、優しく体を包み込んでいきます。
おじいさんは、エアにハンカチを差し出しました。
これは、おじいさんと、目の前にある、桜の木のお話です。
むかしむかし。
おじいさんが、まだ、男の子だった頃のこと。
貧しい家に生まれた、男の子は、毎日働いてばかりいました。
計算や読み書きを習ったことはないので、仕事といえば、辛い力仕事だけ。
それでも、病気がちな母親のため。
そして、いつか立派な大人になるために、一生懸命に汗を流すのでした。
そんなある日のこと。
いつものように、男の子が畑の仕事に向かう途中のこと。
道端に、何かが倒れているのが見えました。
それは、雑巾のように汚れた、子犬の姿。
男の子は、すぐに子犬に、持っていたおむすびを与えました。
そして、近くの川まで運び、川の水を手ですくってあげます。
すると、みるみるうちに、子犬は元気を取り戻し、優しい目をして、男の子の顔をペロッと舐めるのでした。
それ以来、どこへ行くにも、子犬はついてきました。
男の子は、真っ白なその子犬に、タロと名前をつけました。
タロは、名前を呼ばれるたびに、嬉しそうにキャンキャン、吠えるのでした。
それから、月日は流れ、数年が経ちました。
男の子は、もう立派な青年になっていました。
そして、田舎の町を離れて、都会に働きに出ることになったのです。
タロとも、お別れです。
タロも、それを理解したのか、駅のホームで、もう、すっかり元気になった母親と一緒に、男の子を見送りました。
汽笛の音が聞こえます。
その音に、耐えられなくなったのでしょう。
タロは、精一杯の声で吠えました。
何度も、何度も、吠えました。
聞こえなくても。
もう、声は届かなくても。
必死になって、吠えました。
やがて、汽車が見えなくなったとき。
タロの目から涙が溢れるのでした。
男の子が、都会に来て、数ヶ月が経ちました。
いつものように、仕事場に向かう、男の子。
そこに、友達が息を切らせて駆けてきます。
手には、一枚の新聞がありました。
それを読んだ、男の子。
すぐに、駅に向かって走り出します。
新聞の見出しには、故郷の地震の記事が取り上げられているのでした。
線路は、途中で途切れていました。
男の子は、林を抜け、川を泳いで、故郷へ向かいます。
頭の中には、大切な母親。
そして、タロの姿が駆け巡ります。
やっとの思いで辿り着いた、故郷。
そこは、まるで別世界へと変わっていました。
町の面影もありません。
そこが、どこなのかも分かりません。
とにかく、母親とタロを探して、地獄のような町を走り回りました。
そして、ようやく、自分の暮らした家を見つけたのです。
そこには、ひざをつき、顔を伏せる母親の姿。
そして、その母親を助けるために、瓦礫の下で横たわる、タロの姿があったのでした。
その日の夜のこと。
男の子は、母親と二人で汽車の中にいました。
いつの間にか、眠っていた男の子。
不思議な夢を見ました。
そこには、小さい頃の自分と、子犬だった頃のタロが見えました。
ふっ、と小さい頃の自分が消えました。
そして、子犬だった頃のタロが、大人の姿へと変わります。
何かを、男の子に伝えると、タロは姿を消してしまいました。
気がつくと、車窓の外に、都会の駅が見えているのでした。
おじいさんは、エアにお茶を差し出しました。
一本の木を、じっと眺めているおじいさんの隣で、エアは、ぼろぼろと涙を流しました。
夢の中で、タロがおじいさんに言った言葉。
「桜が咲いたら、また会おう」
それは、都会へと出て行く男の子が、タロに向けた言葉でした。
暖かな風が吹きました。
真っ白な桜の花が、春の吹雪のように、舞い散っているのでした。
『5分で癒される物語』を気に入っていただけたら、『お気に入り』に登録いただき、
今度はあなたのお友達にも、ぜひこの物語を教えてあげてください。
また、上のQRコードをクリックすると、携帯電話用のURL送信画面が開きます!
PC版のURLをお友達に送信
http://iyashi-story.com
『5分で癒される物語』を一緒に盛上げてくださる作家さんを募集しています!
詳しくは『作家さん募集ページ』まで
癒しの物語はリンクフリーです。
下のバナーを自由にお持ち帰り下さい。
![]()
(88×31 :小)
![]()
(100×28 :中)
![]()
(150×42 :大)
【ご紹介文】
5分で癒される物語を配信しています。時間がない人でもちょっとの時間にちょっとだけ元気になれる作品集
相互リンクについてはリンクページを準備中です。