エア 小さな木箱に詰めた思い出

 小さな木箱に、桃色の彫刻を入れて持ち歩く人々を見て、エアは高まる好奇心を抑えることが出来ませんでした。
 春の香りたなびく、小さな町。
 町の人たちは、みな、それぞれの木箱を工夫して持ち歩いていました。
 肩にかけるように、持ち歩く人。
 腰にぶらさげて、持ち歩く人。
 大切に両手で包み込んでいる人。
 エアも、さっそく、自分だけの木箱を探しに行くのでした。

 ある日のこと。
 エアが、真っ白い木箱をネックレスのように身につけて歩いていると、ひとりの女の人が空を見上げているのが見えました。
 見ると、その女の人は、木箱を持っていません。
 不思議に思ったエアは、女の人に声をかけてみました。
 女の人は、静かに木箱を持っていない理由を話し始めました。
 もうすぐ、この町を出て行かなければならない。
 その為に、木箱を町の教会に預けているの。
 エアは、木箱のことよりも、女の人の暗い表情が、とても気になりました。
 遠くの町へ行くことになった女の人。
 大好きな、この町を出て行くのが、とても辛いのです。
 生まれてから、ずっと、この町だけが、自分の世界でした。
 他所の世界のことは、手紙や町の掲示板で知るだけ。
 友達も、みな、この町の人です。
 大きな不安が、女の人の肩に、重くのしかかるのでした。

 次の日。
 エアが、町の掲示板の前を通りかかったときのことです。
 見たことのない人が、真剣な顔をして掲示板を見つめているのが見えました。
 真っ白なタキシードを着て、胸に青いバラを刺した、若い男の人でした。
 その人も、木箱を持っていません。
 もしかしたら、他所から来た人かもしれない。
 エアは、そう思い、声をかけました。
 その人は、やはり、遠くの町からやってきた人でした。
 エアが持っている木箱を興味深げに眺めているので、この町の風習を説明してあげました。
 男の人は、エアにお礼を言うと、木箱屋さんのところへと歩いていきました。
 エアは、男の人が見えなくなるまで手を振ると、女の人の家へと向かいます。
 あいかわらず、暗い顔をしている女の人。
 どんなに、エアが励ましても、ため息が止まることはありませんでした。
 その時です。

 女の人の家のドアを、ノックする音が聞こえました。
 女の人がドアを開けると、そこには誰もいません。
 エアが後からやってくると、郵便受けに手紙が入っているのが見えました。
 それは、女の人に宛てた手紙。
 遠くの町からの手紙でした。
 そこには、歓迎のことばと一緒に、一枚の写真が添えられていました。
 たくさんの人たちが、笑顔で写っています。
 それがどれだけ、女の人の不安を拭い去ってくれたことか。
 それは、女の人の笑顔を初めてみることが出来た、エアにもすぐに分かりました。
 トントン、と誰かが、エアの肩を叩きました。
 振り返ると、そこには、やっぱり誰もおらず、代わりに小さな木箱が置かれていました。
 その木箱は、女の人が教会に預けたもの。
 これで、いつでも、この町を出ることが出来ます。
 女の人は、そっと、木箱のフタを開けました。
 そこにあったのは、青いバラ。
 あの男の人は、女の人を迎えに来たのです。
 「別れが、新しい出会いをくれたんだ」
 夕焼けが、キレイなオレンジ色を魅せてくれました。
 馬車が、玄関の前に停まります。
 女の人の、新しい暮らしが始めるのでした。

執筆日:2008年3月13日 11:53 作:まみや
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