エア~10年前からの手紙~

 海の見える丘の上にある小さな町で、エアは引越しの準備の真っ最中でした。
 通りを歩く人たちが、珍しそうにこちらを見ていきます。
 軍手をした女の人が、一息ついて玄関の前の階段に腰掛けました。
 エアも、その横に座って水を差し出します。
 カモメの鳴き声が聞こえました。
 女の人は、夢を追いかけて都会へと引っ越すのです。
 エアは、その真っ直ぐな瞳に、手を貸さずにはいられないのでした。

 次の日。
 引越しの準備は続いています。
 次々に、外へと運ばれていく家具たち。
 イスもベッドも、小さなテーブルも、少しの間だけお別れです。
 部屋の中が空っぽになると、次は庭にある物置の中です。
 小さな芝生を抜ける間、女の人はエアに夢を語りました。
 エアは、輝いた目をして頷きます。
 物置の扉を開けると、中は埃だらけ。
 エアと女の人は、鼻をつまんで埃混じりの空気を払います。
 やっと息が出来るようになると、引越しに持っていく物と、お店屋さんに引き取ってもらう物とを分

け始めました。
 きびきびと、必要なものを選んでいく女の人でしたが、黒い箱に入った何かを見つけると、ふと、立

ち止まるのでした。
 エアが、後ろから覗き込むと、それは雛人形でした。
 女の人が、この町に引っ越してくる時に持ってきたのです。
 服もボロボロ、顔も汚れています。
 女の人は、少し考えましたが、雛人形は置いていくことに決めました。
 少し寂しそうな顔をしているのを、エアは心配そうに見つめているのでした。

 その日の夜。
 それは、この町で過ごす最後の夜でした。
 見飽きたような窓からの風景も、何だか霞んで見えました。
 女の人とエアは、ベランダに腰掛けて、ぼんやりと浮かぶ月を眺めていました。
 ひとつ、また、ひとつ。
 紡ぐような言葉で、女の人は、この町の思い出を話しました。
 エアは、ただ黙って、女の人の話しを聞きます。
 夢を探していた、あの頃。
 大好きだった、あの人。
 何かがつかめそうで、必死に手を伸ばした、あの日。
 それでも、ここに夢への箱舟は無いのだと気付いた、あの時。
 メリーゴーランドのように、思い出が頭の中をまわりだしました。
 ふと、言葉が途切れました。
 見ると、女の人は両手で肩を押さえて震えています。
 夢を追いかける勇気を、少しだけ無くしてしまったようでした。
 その時です。

 エアは、すっと立ち上がったかと思うと、小さな箱を持って戻ってきました。
 女の人が箱を開けると、そこには、捨てたはずの雛人形がひとつ、入っていました。
 お内裏様でしょうか。お雛様でしょうか。
 古びてしまい、それすらも分かりません。
 女の人が、箱から人形を取り出すと、何かが地面に落ちました。
 それは、小さな、小さな手紙。
 10年前、この町にやってきた、少女だった頃の女の人が書いた手紙でした。
 「すなおに なって ください」
 暖かな風が、ひとつ吹きました。
 10年前の自分が、そっと背中を押してくれたのです。
 それは、雛人形がくれたメッセージ。
 女の人が顔を上げると、そこにエアの姿はありませんでした。
 風のように、やってきて。
 風のように、きえていく。
 遠くの空に、明日がやってくるのでした。

執筆日:2008年3月 5日 23:52 作:まみや
5分で癒される物語QRコード
5分で癒される物語 インフォ

『5分で癒される物語』を気に入っていただけたら、『お気に入り』に登録いただき、
今度はあなたのお友達にも、ぜひこの物語を教えてあげてください。

また、上のQRコードをクリックすると、携帯電話用のURL送信画面が開きます!

癒し人.com
5分で癒される物語 インフォ

『5分で癒される物語』を一緒に盛上げてくださる作家さんを募集しています!

詳しくは『作家さん募集ページ』まで

5分で癒される物語 インフォ

癒しの物語はリンクフリーです。
下のバナーを自由にお持ち帰り下さい。

5分で癒される物語バナー
(88×31 :小)

5分で癒される物語バナー
(100×28 :中)

5分で癒される物語バナー
(150×42 :大)

【ご紹介文】

5分で癒される物語を配信しています。時間がない人でもちょっとの時間にちょっとだけ元気になれる作品集


相互リンクについてはリンクページを準備中です。