お正月が来ると、瀧先生のことを思い出す。
たき先生は、近所に住んでいる日本画の先生で、近所ではちょっと有名なおばあちゃんだった。
大きな展覧会などにも作品を出品しているし、何よりも地元の図書館にものすごく大きな絵画を寄贈していて、この町の人なら誰もが一度はたき先生の絵を目にしていた。
先生の絵は、きつく主張する色がまったく無く、全体が淡い色で描かれていた。
全てが透明のように透き通っていて、見る人を優しい気持ちにさせる絵を描く人だった。
それはまるで、先生そのもののようだった。
先生はガンを宣告されていた。
僕の両親が、この町に引っ越してきた時にとてもお世話になった関係で仲良くしてもらっていた。
子どもの時には近所づきあいとか日本画とかには興味が無かったけれど、先生がガンになったことを知った大学生の頃に初めて「アトリエに行ってみたい」とお願いし、絵を見せていただいた。
それから、2ヶ月に1度くらい、お邪魔をして先生の絵を見せていただくようになった。
家の色んなところに絵が飾られていて、先生の思いや絵に対する愛情が溢れているアトリエで、先生が淹れてくれた甘いロイヤルミルクティを飲むのが大好きだった。
先生は病気で身体がとても細く、歩くのが精一杯という見た目だったけれど、遊びに行くと快く迎えてくれて、いつも甘いミルクティを淹れてくれた。
そこでたき先生の色んなお話を聞いた。
正直に言うと、話した内容はあまり覚えていない。
先生はいつも僕の話を笑顔で聞いてくれたから、先生についての話を聞いたと言う想い出はすごく少なかった。
それが、今思うと先生の愛情だった。
でも、たった一つだけ、強烈に印象に残っている言葉がある。
あれはたき先生がなくなる3ヶ月前くらいだった。
僕は先生の家にお見舞いと言う名目で遊びに行って、色んな話をして、色んな絵を見せてもらっているときに、ふと先生に聞いてみた。
「先生、身体はつらく無いですか?」
辛くないわけは無い。
でも、当時の僕は変に大人ぶっていて、大人は相手を気遣うものだということを型どおりに考えていた。
「大丈夫ですか?」と言えば、気遣っているんだと思っていた。
先生は、「大丈夫」とも「つらい」とも言わずに、
「まぁねぇ・・・泣いても一生、笑っても一生だからね・・」と言って、くしゃっと笑って見せた。
僕らの家族は、1月10日から5日間ハワイに遊びに行っていた。
帰った時に初めて、先生が亡くなられたことを聞いた。
お正月になると考える。
なぜもっと遊びに行かなかったんだろう。
なぜもっともっと、先生のお話を聞かなかったんだろう。
心のどこかで、先生はずっとあのままだと思っていたのではないだろうか・・・って。
たき先生が笑顔で言った
「泣いても一生、笑っても一生」という言葉だけが、天の啓示のように、泣きそうな僕をいつも励ましてくれている。
「お体つらく無いですか?」という言葉をかけたことに少し後悔をしているけれど、
本当に弱ってしまって、先生の絵のように透明になったからだから出てきた先生にあの言葉を、聞けてよかったと心から思っている。
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