エア~リンゴが教えてくれたこと~

 リンゴの甘酸っぱい香りが漂う町で、エアは収穫のお手伝いをしていました。
 見渡す限りのリンゴ畑。
 ひとつ、ひとつ、手でもぎっていく作業は、とても大変なものでした。
 それでも、農夫のおじさんの、誰かの笑顔のために、という言葉に、エアは汗をぬぐいながら収穫するのでした。

 次の日。
 エアが、おじさんのお昼の休憩をしていると、遠くの方に、荒れ果てた畑が見えました。
 リンゴ畑と同じくらいの広さがあるのに、誰も野菜を作っている様子はありません。
 それは、隣の町の人たちのせい。
 隣の町の人たちは仕事熱心で、ゆっくりと食事をすることを嫌っていました。
 そこで、保存も出来て、簡単に食べられる、このリンゴを好んで食べるようになったのです。
 いちいち、料理なんてしていられない。
 だから、野菜を作る必要なんてなくなったのです。
 エアは、少し寂しそうな顔をすると、太陽の光に輝く真っ赤なリンゴを、一口かじるのでした。

 そんなある日のこと。
 いつものように、エアとおじさんがリンゴの収穫をしていると、隣の町の方から、一人のおばさんがやってきました。
 とても険しい顔をしている、おばさん。
 手には、リンゴの入ったカゴを持っています。
 おばさんは、そのカゴを、どさっと地面に置くと、おじさんに詰め寄りました。
 おばさんの娘さんが、リンゴを食べたら、具合が悪くなって病院へ運ばれた、というのです。
 おじさんもエアも、信じられない、といった表情をして、急いで、畑のそばにある小屋へと駆けていきました。
 そこでは、リンゴの選別と、簡単な消毒が機械で行われていました。
 おじさんは、ひとつひとつ、機械を確認していきます。
 すると、消毒機の前で足を止めました。
 エアとおばさんが近づいて見ると、機械のタンクにヒビが入っていて、消毒液が、必要以上にリンゴにかかっているではありませんか。
 これが原因で、リンゴが毒リンゴになったのです。
 おじさんは、すぐにタンクを取り替えると、おばさんに、何度も、何度も謝りました。
 おばさんは、文句を言いながら、小屋を出て行きます。
 すぐに、リンゴの出荷をストップです。
 しかし、問題はこれだけで終わらないのでした。

 次の日。
 おじさんの小屋の周りには、数え切れない程の人たちが詰め寄っていました。
 あまりの剣幕に、おじさんとエアは、小屋の中に避難するしかありません。
 みんな、リンゴで病気になった、と訴えに来たのです。
 何てことをしてしまったのだろう。
 幸せを運ぶはずのリンゴが、不幸を運ぶ毒リンゴになっていたなんて。
 おじさんは、がっくりと肩を落として、暗い表情をしています。
 エアは、その姿を見ると、とても心が痛みました。
 ドン、ドン、と小屋の扉を叩く音が響きます。
 天井に溜まったホコリが、その音と共に、おじさんの体に落ちてきました。
 このままでは、小屋がつぶされてしまう。
 おじさんが身を屈めた、その時です。
 急に、小屋の外が静かになりました。
 おじさんは、不思議に思い、窓から外をのぞいてみました。
 すると、どうでしょう。
 そこには、不器用な手つきで包丁を握る、エアの姿があったのです。
 休日に、遠くの町から買ってきた野菜を刻んでいるようでした。
 隣の町の人々は、エアの姿を食い入るように見つめています。
 そして、少しずつ、大切なことを忘れていたことに気がついたのです。
 エアの料理が出来ました。
 隣の町の人たちは、順番にエアのスープを口にします。
 野菜のサイズもバラバラ。
 じゃがいもは、まだ芯が残っています。
 味付けだって薄いし、決しておいしいスープではありませんでした。
 それでも、隣の町の人たちは、黙ってスープを飲み干しました。
 「料理の大切さを忘れないで。愛は、誰かに届くから」
 おじさんが、小屋の中から出てきます。
 エアは、静かに微笑むと、おじさんにスープを手渡しました。
 もう誰も、おじさんを責める人はいませんでした。

 次の日。
 リンゴの収穫は再開されました。
 たくさんの人たちが、収穫のお手伝いをしてくれます。
 それだけではなく、遠くに見えた荒れた畑も、少しずつ元通りになっていきました。
 料理をすることの大切さ。
 便利な食べ物に寄りかかっていた、情けなさ。
 それを、毒リンゴが教えてくれたのです。
 おじさんは、手ぬぐいで汗を拭いながら、エアの姿を探しました。
 しかし、どこを探してもエアは見つかりませんでした。
 風のように、やってきて。
 風のように、消えていく。
 空は、雲ひとつない青空。
 真っ赤なリンゴが、太陽の光に目を細めるのでした。

執筆日:2008年1月31日 23:46 作:まみや
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