エア~あの風車のように~

 風車小屋が並ぶ、小さな町。
 エアは、麦わら帽子が飛ばされないように、右手で押さえながら空を仰ぎました。
 雲がゆっくりと、流れていきます。
 遠くに、自転車屋さんを見つけたエアは、両手を広げたまま、駆けていくのでした。

 自転車屋さんには、エア以外のお客さんは誰一人いませんでした。
 店主も、ぶっきらぼうな顔をして、パンクしたタイヤを直しています。
 エアは、水色の自転車を見つけると、店主の肩を叩きました。
 店主は、やっぱり面倒くさそうに自転車のチェックをすると、エアからお金を受け取るのでした。

 風を浴びて、町の中を疾走していくエア。
 草原を抜けて、丘を上り、一気に下りました。
 ゆっくりと自転車を止めると、見渡す限りの草原の上に寝転びました。
 空が、あいさつしてくれます。
 雲の形が、ふわふわの子犬のように見えました。
 気持ちの良い風。
 暖かな手を差し伸べてくれます。
 体を起こしたエアは、ふと、ある事に気がつきました。
 道行く人、全てが歩いているのです。
 小さな町とはいえ、自転車に乗った方が便利なはず。
 それなのに、どこにも自転車は見当たりません。
 それだけじゃなく、時折、悲しそうな目をして、エアを見て行く人までいます。
 不思議に思いながらも、エアは自転車にまたがると、また、ペダルを漕いで行きました。

 その日の夕方。
 自転車を満喫したエアは、自転車屋さんへと向かいました。
 なだらかな丘を、ゆっくりと下っています。
 見ると、前方に、犬の散歩をしている男の子が見えました。
 小さな犬と無邪気に走り回る姿は、エアの心をくすぐりました。
 少し、スピードを落とそうか。
 エアは、手をかけていたブレーキを握り締めました。
 その時です。
 ゆっくりになるはずの自転車が、一直線に男の子の方に向かって、加速するではありませんか。
 何度もブレーキを握る、エア。
 しかし、タイヤに力が伝わる感覚がありません。
 このままでは、男の子にぶつかってしまう。
 そう思ったエアは、思いっきりハンドルを左へと曲げるのでした。

 目を開けると、男の子が心配そうに見つめているのが見えました。
 エアは、頭を抑えて起き上がります。
 そして、大丈夫よ、という風に静かに笑うのでした。
 男の子の隣で、しゃがみこんでいる子犬の頭をポンポンと叩くと、エアは自転車を起こして自転車屋さんへ向かいました。
 相変わらず、愛想の無い店主。
 足に怪我をしているエアと、曲がったハンドルを見つけると、額に手を当てました。
 どうして、この町で自転車が走っていないのか。
 どうして、町の人がエアの事を悲しそうに見つめていったのか。
 それは、自転車の整備がきちんとされていなかったせいです。
 だから、誰も自転車に乗らないし、自転車に乗っている旅のエアのことを心配していたのでした。
 店主は、悪びれる素振りも無く、自転車を奥へと引っ張っていきます。
 しかし、エアは店主の手を掴むと、キッと店主を睨みました。
 そして、自転車を修理道具の置かれた部屋へと運んでいきます。
 寂しそうに視線を落とす、エア。
 自転車が可愛そうで、可愛そうで仕方が無かったのです。
 何度も、何度も、曲がったハンドルをなでてやりました。
 そして、おぼつかない手で、自転車の修理を始めるのでした。
 油まみれになって、いくつもネジを取り出して。
 それを見ていた店主。
 怪我をさせた自分を責めるでもなく、きっと、やったこともない修理をしようとしている。
 それに比べて、自分は何なのだろうか。
 エアの手から、道具を奪う、店主。
 自転車を直す音は、夜通し聞こえてくるのでした。

 次の日。
 水色の自転車は、きちんと整備されてお店に並びました。
 他の自転車も、次々に整備されていきます。
 エアは、ずらっと並んだキレイな自転車を見て、静かに微笑むのでした。
 店主が申し訳なさそうな顔をして、エアに何かを渡しました。
 それは、エアが支払ったお金でした。
 エアは、首を横に振ると、受け取ったお金を店主に返しました。
 店主は尋ねます。
 怪我をさせた自分を、どうして責めないのか、と。
 エアは、人差し指で空中に文字をなぞりました。
 「皆にも風、感じて欲しいから」
 店主の目から、涙が溢れました。
 そして、せめてものお礼にと、水色の自転車を運んできます。
 しかし、エアの姿はありませんでした。
 風のように、やってきて。
 風のように、消えていく。
 この町にも、いつか、あの風車小屋のように、自転車の車輪がクルクルと回る日がくることでしょうね。

執筆日:2008年1月17日 22:25 作:まみや
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