迷子のメロス

「だからさっきの道を左に行っておけばよかったのにぃ~~」

助手席でユリがふくれた。

「悪かったってぇ~。こんな一本道だと思わなかったからさぁ」

と言いながら、車はドンドン山の中に入ってゆく。

 

Uターンなどは到底考えられない車幅の山道を、ブルーの軽自動車がガタゴトと進んでゆく。

 

せっかく冬休みなんだから、どこか旅行に行こう!

と言い出したのはユリだった。

今年の4月からはお互いに社会人。

残り3ヶ月しかないわけだけれど遊びほうけてるわけにはいかず、会社に資料を出しに行ったり、大学の論文の締め切りに追われたりして、結局なかなか二人で出かけることができなかった。

 

でも、冬休みに2日間も都合がついたから、一緒に山の温泉に行くことにした。

今日の夕方に旅館について、露天風呂にいって、おいしい料理を食べて、明日は山道をハイキングして、すっきりした気持ちで帰ってくる計画だ。

 

ブルーの軽自動車をレンタルして、地元から2時間程度走った山にある旅館に向かっていた。

 

が・・・、道に迷ったらしい。

レンタカー代をケチる為に、カーナビをつけなかったのが間違いだった。

ユリのナビゲーションは時々故障して、「今のところ右だった」とか「さっきのところに戻って」と、ありえないナビゲートをしてくれる。

 

「いいや、自分で地図見て運転するからさ!」と言って走り出したのはいいが、すでに道がわからなくなっていた。

 

「ねぇ、左側になんか建物があるよ!」

というユリのナビゲーションを無視して進んでいくと、どんどん山の中に入る道に行き当たった。

2車線だった道は1車線になり、だんだん細くなっていく道は、すでにタイヤ幅ギリギリのところまで来ている。

そして、山はどんどん険しくなっていて、途中で抜けられる様子も、Uターンできる様子もまったく無い。

すでに日は傾き、空はかなり赤くなっていた。

こんな山道で日が暮れたら、温泉どころではない。

僕は必死で平静を装いながら、車を慎重に走らせた。

 

「もしかして・・・この山を越えるのかな・・・」

「ん~・・・・かも」

「Uターン・・・・は、できないね」

「うん・・・無理だね」

 

といっている間にも、どんどん車は進んでいき、ドンドン日は暮れていく。

 

僕は怖くなった。

ハンドルをちょっとでも切り間違えたら、崖の下だ。

ユリも隣で青ざめていた。

 

「ん~~♪ ふふぅ~ん♪」

僕は必死で鼻歌を歌い、「リラックスしているんだぞ。 この道できっと間違いないぞ」という雰囲気を演出してみようと思ったけれど、鼻歌は虚しく受け流された。

 

「なぁ、旅館に着いたら何する?」

「・・・・ついたら考える」

「・・・うん」

 

気まずい沈黙が流れる。

 

「ユリさぁ、大学4年になってからキレイになったよな」

「・・・ありがとう」

「マジだって! ドッキリするくらいいい女になったよ!」

「・・・別に」

「社会人になったら絶対もっとモテるけれど、他のやつなんか見るなよ」

「・・・うん」

「でさぁ、やっぱりさぁ、・・・」

 

僕は必死で話しかけた。

この空気を何とかしたかったし、ゆりが怖がっているのが痛いほどわかった。

ユリの手が震えているのが、運転しながら横目に見える。

 

太陽はもうすぐ山に足をつけようとしている。

 

その時、今まで明らかにのぼりだった山が、下りに変わった。

それはお互いに気づいた。

でも、山の話には触れなかった。

僕はひたすらしゃべり続けた。

心の中では、走れメロスのように、「太陽よ沈まないでおくれ!」と叫んでいた。

 

突然ユリが、「あ・・・」と呟いた。

「ん?」と、ユリのほうをちらりと見ると、ユリが見ている助手席側の窓に、真っ赤な夕日が半分山の中に沈んで、黄金のように光っているのが、木と木の間からちょうど見えた。

 

周りの木が、写真のフレームのように太陽を切り取っていて、それはまるで絵画のようだった。

 

「キレイだな・・・」

「キレイだね・・・」

 

二人で呟いた時に、今までガタゴトいっていた車が急に静かになった。

ここからは、アスファルトになっている。

 

「あ!!」

ユリが今度は叫んだ!

「あった!!!」

ユリが見ている方向に、小さな小さな旅館があった。

 

「あーーーーー!!!!!」

 

ギリギリ間に合った。

旅館の駐車場に車を停めた時に、ちょうど太陽はその姿を山に隠した。

 

その山の麓を見ると、確かにさっきまで僕らの車が走っていた景色があった。

あの時左に曲がっていれば、一直線でここまで来られて、今ごろは温泉につかっていたかもしれない。

 

でも、あの時左に曲がらなかったから、単に山を登って降りて同じところにたどり着くだけの道だったけれど、真っ赤でキレイな夕日が見えたんだと思う。

 

「ま・・・・結果オーライだな」

とユリを見ると、ちょっと涙ぐんでいた。

「ど・・・・どうした?」

「安心したぁ~~~・・・・」

「そりゃぁ、そうだよな。 こわかったっしょ」

「ビビリまくりだった」

「実は、オレも」

「そんなのバレバレだし!!」

といって二人笑った。

 

「でも・・・ありがとう。すごく心強かったよ」

ユリが鼻をくしゅんとすすりながら、まぶしそうな顔をした。

執筆日:2008年1月 5日 18:45 作:癒し人
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