昔は3日までどこのお店も休みだったのに、最近は1日から営業するどころか、中には去年も今年も営業をする24時間営業のお店も増えてきた。
元日と2日くらい、喫茶店は休めばいいのに・・。
「いやぁ、こんな田舎の喫茶店でも、不景気だから正月はお店空けないとね」と笑いながら、「エリちゃん、バイト来てくれるでしょ? 大学、休みだよね?」と付け足した。
2日から授業がある大学ってどんだけだよ。
でも、「4年生だから授業少なくなってきてますしね・・」と、意味不明な返事をしたあたしもあたしだ。
こんなド正月に、誰がコーヒーなんか飲みに来るんだろう・・。
と思っていたら、来るわ来るわ・・・。
2日の朝9時オープンの喫茶『かえで』の狭い店内には、初詣に行く前に一杯コーヒーでも飲もうという家族連れがひしめき合っていた。
運悪く、『かえで』は参拝ルート上にあるので、普段はお客さんが少なくても、正月だけは大混乱になる。
それぞれのテーブルで、
「今年もよろしくお願いします」
「年が明けたら急に寒くなったね」
など、日本人的な会話が繰り広げられている。
カラン・・・
と、入り口の鐘が鳴った。
「いらっしゃいませー!」
体は疲れていても、気持ちまで疲れてたまるか、と自分に言い聞かせて、声かけだけは元気にするようにしている。
「お一人様ですか?」
その男性は、「今から仕事に行きます」というようなスーツ姿でビジネスバッグを持っていた。
「はい。 禁煙席でお願いします」
「あの・・特別禁煙席は設けていないんですが・・・」
「あ、じゃぁ大丈夫です」
と言って、空いている席へさっさと座り、ノートパソコンを広げ始めた。
周りは参拝にいく家族連れ、その中に1テーブルだけお仕事中という感じで、明らかに浮いているけれど、その男性はそんなことお構いなしという感じで、ひたすらパソコンを叩いていた。
他のお客様は、コーヒーを飲んでちょっと一服したら、さっさとそれぞれの初詣に向かっていく。
私ともう一人、高校生の男の子のバイトで、接客をこなしていく。
ビジネスマンは、カタカタとパソコンを打ち込んでいる。
私たちにはお正月なんて無縁な感じがして、ちょっと寂しくなった。
バイトの男の子と「お正月っていう気分じゃないよねー」何ていいながら、必死に笑顔で接客をしていた。
「お正月」という、おそらく1年のうちでちょっと特別な意味を持った日が、私たちの横をスっと通り過ぎていってしまうみたいで、私たちはそれを見たくなかった。
私たちには関係無いことと割り切るほうが、気持ち的に楽だった。
ビジネスマンが来て、1時間半くらい経っただろうか。もうすぐお昼という頃で、朝のお客様が一旦落ち着いて、これから昼の戦争に向けて準備をしようとしていたとき、
「よし」
と、ポツリとつぶやいて、ビジネスマンがノートパソコンを閉じた。
そして来た時と同じようにさっとレジに行き、コーヒー代350円を払い、さっと帰っていった。
「ねぇ・・いったい何をしている人なんだろうね・・」
「さぁ~、でも大変っすね、正月から仕事なんて」
「そうだねぇ、あの人もお正月どころじゃないのかもね」
「あんな風に働き蜂みたいにはなりたくね~なぁ~」
「・・・いいからさっさと働き蜂みたいにテーブル片付けてきてよ」
「それ、全然うまくないっすよ」
と笑いながら、さっきのビジネスマンのテーブルを片付けに行く。
しばらくして、男の子はあわてて帰ってきた。
「ちょっとちょっと! これ!」
と言って、1000円札を2枚持ってきた。
「さっきの人のコーヒーカップの裏に置いてあったんすよ」
「えぇ? 忘れ物かな!」
「いいんじゃないっすか? どっちでも。 もらっときましょうよ」
「駄目だよ! 確認してくる!」
私は1000円札を2枚彼から奪って、あわてて外に出た。
丁度、さっきの男性が乗ったシルバーのアウディが出て行く直前で、私は手を上げて車を止めた。
「あの・・・これ、お忘れ物じゃないですか?」
彼は一瞬困った顔をして、
「あ・・・こういうことされると困ります?」
と言った。
「え?」
「いや、バイトの二人が一生懸命に頑張っているのを見て、お年玉をあげたくなったんです・・・。」
「は?」
「いえ、あの、困るならいいんですが、よかったらそれでコーヒーでも飲んでください。」
「じゃ、あけましておめでとう」
と言って、走り去っていった。
去り際にナンバープレートを見たら、品川ナンバーで、ずっと遠くから来ている人だったようだ。
「ねぇ・・・これ、お年玉だって」
「まじっすか?」
「うん、なんかよくわからなかったけれど、さっさと行っちゃった」
「ラッキーっすね。 どっかの社長さんですかね」
「さぁ・・・」
「でも、これで俺たちにも正月が来ましたね」
確かにその通りだと思った。
私たちの横を通り過ぎていきそうだったお正月が、ちょっとだけ寄り道をしてくれたような、そんな感じだった。
「さて、働き蜂に戻りますか」
といって、彼はランチの準備を再開した。
「そうね、女王蜂の為に働きなさい」
「上手くないですって!」
入り口の鐘がカランとなる。
「いらっしゃいませー!」
女王蜂とは程遠い声で、私はお正月に立ち寄ってくれたお客様に笑顔を向けた。
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